生まれて初めて、鶏を絞めた日。

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生まれて初めて、鶏を絞めた日。ちはるの森

この間のgdBOSOで、生まれて初めて鶏を絞めました。
前日から、ドキドキして眠れなかった。

これからその時の様子を書いていくけど、写真もあるし、苦手な人は「無理そうだな」と思ったら読むのやめてね。

「いのちを頂く」ってどういうことなんだろう、そんな場を共有したくて、この企画を決めました。
決めたはいいものの、私も鶏をさばくは初めて。そして、参加者のみんなも初めて。

いざ鶏を目の前にしたとき、みんなのピリピリと緊張した空気が伝わってきました。
いのちを頂くとはきっとこういうこと。それなりに覚悟がいるものなんだよね、本当は。
私たちがいつも食べているお肉も、見えないけれどこうしてさばかれて食卓に並ぶんだ。

ちょっと長いけど、この貴重な体験をぜひシェアしたいと思うので、大丈夫な人はぜひ最後まで読んでくれたら嬉しいな。

さて。
今回、食べる鶏はこちら。
ご近所さんの棚原さんが、愛情込めて育てた鶏(横斑プリマスロック)さんです。

まず、気につるして頭に血を上らせ、おとなしくさせます。
だいたい2、30分くらい。

鶏のお腹を触ってみると、柔らかくて暖かくて、
息をするたびにお腹がプクーって膨らむ。
ああ生きてるなーと思いながら、この時点でなんかよくわからない感情で胸がいっぱいに。

感謝の気持ちを込めて手を合わせる。

そして、実行します。
※初めてだったので、手順の中で抜けているものもいくつかあります。これで完璧!というわけじゃないので、もし実行する方がいたらきちんと改めて勉強してみてくださいね。

まず、出刃包丁を当てて、場所を確認します。
(この時、本当は鶏の羽を後ろで羽交い締めにしないといけなかったです…)
鶏が怖くないように、目隠しをしてあげます。
場所が決まったら、そのまま首を切り落とします。

みんなの緊張感もピークに。

でも。

4/3くらい切れたところで包丁が一瞬止まってしまい、鶏が暴れる暴れる。。
慌てて押さえたけど、おもいきり返り血を浴びてしまいました。
力いっぱい暴れる鶏を「ごめんね、ごめんね」と言いながら、一生懸命押さえたけど。。

「首を切っても走りまわる」ってほんとだったんだね。
苦しませてしまったな。と、今でも後悔しています。

しばらくして、私の手の中で鶏は動かなくなりました。
分かってはいたものの、衝撃的でした。

思ったより血は出ませんでした。

終わったあとは、罪悪感のような、怖いような、言葉に出来ない気持ちがぐるぐる。
暴れる鶏の羽の骨ばった感触と手についた返り血が固まっていく感覚が忘れられません。

そして、しばらくつるしたまま待って、血を抜きます。

4歳のあっきーに「こうやって鶏さんのいのちを食べるんだよ。」と教える。
さすがに切り落としているところは見せなかったけど。

血を抜き終わったあと。
触ってみると、足先からどんどん冷たくなっていきます。

まだ、お腹はあたたかいまま。

80度くらいのお湯につけて、毛穴を開かせて、毛をむしります。
(上手な人は、お湯につけないでそのままむしるらしいです。お湯につけると、肉の旨みが逃げちゃうみたいなので)

けっこう、スポスポ抜けました。
でも、鶏の臭いが結構強烈だったかな…。

抜ききれなかった小さな産毛を、バーナーで焼ききります。
ごー。

そして、みるみる「よく海外ドラマで見る鶏の丸焼き」の姿に。

首を落とした後は、「もう鶏肉食べれないかも…」と思っていたのに、
このあたりから「あら美味しそう」という気持ちも芽生えてきます。

今日のメニューは、鶏の丸焼き。
なので、おしりから包丁を入れ、内蔵を出していきます。

血が一番食中毒とかになりやすいようなので、洗ってキレイにしていきます。

一番びっくりしたのがね、こうして手を突っ込んで内蔵を取り出しているときに

鶏が

「ぐるるるるる…」

って鳴いたの!!!!

首落としたのに鳴いてるぎゃあああああああああ!!!!
って思ったけど、

どうやら内蔵を取り出すときに気管に空気が入って、それで首から鳴き声みたいな音が出てたみたい。

ご…ごわがっだあああ。

気をとりなおして、作業を進めます。

内蔵を全部出して中を空っぽにしたら、バターライスを詰めていきます。
写真は、バターライスをパンパンに詰め込るわたくし。

おしり部分をつまようじでつなぎあわせて、出来上がり。
根菜を下に敷き詰めて、アルミホイルで蓋をして1時間くらい蒸し焼きにします。

おいしくなりますように!

お次は、内蔵。
こちらは串に刺して焼き鳥に。
食べれるところは全て食べます!

よーく洗って、塩水につけておきます。

塩水から出して、串に刺していきます。
一気に焼き鳥っぽくなった!

こう考えると「焼き鳥」ってほんとに無駄のない食べ物だなあ。。と感心。

写真は、肝臓(レバー)、砂肝(すなぎも)、心臓(ハツ)、白くて丸いのがこう丸です。(雄鶏だったので)
メスだと卵があるらしいです。

余った皮も串に刺して、とり皮として食べたよ。
あと、おしりの部分を切り落として「ボンジリ」に。油がのってて美味しかった!

そして、トサカと足は出汁を取ってスープに。

※「トサカは血の色で赤くなっているので首を落とすと白くなる」と聞いていたのですが、
 確かに首を落としてしばらくすると少しずつ白くなってきました。

出汁をとった後は、取り出して煮込みます。
足の皮と軟骨を食べる「鳳爪」という料理だそう。

煮込まれる足とトサカ。
ちょっとぐろいね。。

煮込みながら、丸焼きが焼けるのを待ちます…。
いい香り…!!!!!
(この時点で2時間くらい経ってたw)

そして…

蒸しあがった!!!

 

私がバターライス詰め込みすぎてちょっと中身飛び出しておりますが、美味しそう!!

鶏の旨みがじっくりと染み込んだ、味わい深い鶏料理ができました!!

みんなで心を込めて「いただきます」をしてから、美味しくいただきました。
私の人生の中で、一番気持ちのこもった「いただきます」だった気がする。

* * *

つい2時間前まで生きてて、動いていたものが、こうして私たちの口に入る。
生きている姿からお肉になるまでを体験できたことで、いつも食べている食事が「もの」ではなくて「いのち」だったことを再確認することができました。

見た目は残酷かもしれないけど、振り返ってみると「いのちを奪って食べる」よりも「さっきの鶏が自分の一部になった」という感覚の方がしっくりくる気がしました。首を落とした瞬間にいのちがなくなってしまうんじゃなくて、私の体の中で、形を変えて生きているような感じ。きっと、こうやっていのちは続いていくんだろうな。

この感覚が、私にとって大きな発見でした。

スーパーで買ってきた鶏肉を食べるのとは、全然違う気持ち。
いのちを頂くってそういうことかー、と妙に納得したのでした。

* * *

オーストラリアのエコビレッジを回っていたとき、ビーガンの人が「私は牛や豚が殺されるのを見て、肉を食べるのをやめたの。あなたもその現場に立ち会えば気持ちが変わるよ」と言われていたので、自分が実際に鶏をしめたとき、私は肉を食べるのを辞めるのかなあ?とか思ったりしてた。

けど、私はこれからも鶏肉を食べ続けると思う。
(きっと、四足になるとまた違うんだろうけどね)

そのかわり、今まで以上に「感謝して食べる」ことを意識していきたいと思った。
彼らのいのちのおかげで私が生きて行けることに、心から感謝すること。

それと、自分の体になるものなのだから、幸せに生きてきた鶏を食べたい!とも思った。
狭いゲージの中でベルトコンベアに乗せられたまま一生過ごした鶏には、憎しみとか悲しみとか、良くない感情が沢山つまっていそうな気がして。

いのちを頂くなら、その生き物をリスペクトして、きちんと快適な環境で育てて、感謝して、無駄なくすべていただかないとね。無駄な殺生ほどいけないことはないと思う。そういう意味では、これからは食べるお肉も意識して選んでいかなきゃいけないのかも。

気付きがいっぱいあったな。

色々と書いたけど、まずは「お肉を食べる人」として、しっかり「いのちをいただく」現場に立ち会えたことを嬉しく思っています。これで少しは責任が果たせたかな。

私あんまり文章力も経験も無いから、あの時感じたことを全部は上手く書ききれないし、まだ考え中なこともたくさんある。

だから、少しでも多くの人に、実際にこの体験をしてもらいたいな。
ちょっとハードルが高いかもしれないけど、今まで以上にご飯が美味しく食べられるんじゃないかな?と思います。

(とかいう私はしばらく食欲落ちたけど(笑)でも、これからきっと美味しくなると確信してる)

また企画するから、みんなぜひ来てね:)

最期まで読んでくれて、ありがとう。

about me!!

About chiharuh

twitter: @chiharuh facebook: http://www.facebook.com/chiharuh お問い合わせ/コラム/出張解体ワークショップ などについては chiharunomori●gmail.com (●を@に) までお願いいたします☆ 暮らしかた冒険家 Lifestyle lodestar カナダ留学後、ウェブマガジンgreenz.jpのインターンを経てNGO/NPO支援・映画の配給事業を行う会社に就職。 半農半Xのワークスタイルを目指すべく、会社ごと千葉の外房に移住しオフィス隣の小さな畑で野菜を育てる。 仕事で訪れたオーストラリア・インドなどのエコビレッジでは、WWOOFを通じてサステナブルな暮らしを体験。 人と人が繋がるヒューマンスケールな生き方に目覚める。 2011年の東日本大震災をきっかけに、大量生産大量消費の暮らしに危機感を感じ「自分の暮らしを自分で作る」べく、鶏などを解体する屠殺の勉強を開始。屠殺ワークショップを開催し大人から子どもまで一緒になって命と向き合う場を提供している。 福岡に移住した今では、食べ物、お金、エネルギーを自分たちでつくるシェアハウス「いとしまシェアハウス」を運営中。 狩猟免許を取得し、新米猟師に。現在は毛皮の皮なめしを勉強中。 解体を始めてから基本的にゆるいベジタリアンで、普段は自分で獲った獲物以外のお肉はあんまり食べません。 何で私が田舎暮らししてるのか、お仕事のことやこれからのこと。 インタビュー受けたのでよかったらどうぞ。 → http://luvlab.ex-tra.jp/2011/11/post-20.html

17 Comments

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  4. 自分コックしてます。先輩コックさんと話をしていて
    イノシシは、最初のしめかたがおかしいと食べれなく
    なるとかいってました。なんで大変勉強になりました。
    まだ丸ごとさばいたことがないのですが、
    一生に一度はさばいてみたいです。
    命あるものをいただいて我々は生きている、
    ということさばくという過程で常に意識しています。
    また改めて意識しました。生き物に感謝です。
    ちはるさん次は熊あたりお願いします!(笑)

  5. Pingback: 普通の女子が鴨を絞めて、お雑煮にしたお話。 | ちはるの森

  6. うめさん

    こんにちは。
    私が小学生だった昭和の終わりのちょっと前。田舎に住んでいたカーチャンは、友達に連れられて鶏が解体されている現場を一緒に見てました。
    水道で水をどんどん掛けられながら、直前まで食べていたであろう餌がボロボロ零し流れていきながら、鶏は鶏肉になりました。
    だからと言って、鶏肉が喉を通らなくなると言う事はなかったです。
    ひょっとしたら、魚を積極的に家で捌いて食べさせてくれた母のお陰なのかも知れません。
    命を食べるというのは、血が流れる事です。生臭くて、ペットのような暖かい、あるいは愛嬌のある生き物を食べ物へと変えていく事です。
    あるいは、死はいつもそこにある、と言う事を目の前に見せつけられる事なのかも知れない。
    でも、カーチャン達は生きる事も死ぬ事からも逃げられない。逃げられないから、押し頂いて食べるしかない。

    そんな事を案じながら読ませて頂きました。ありがとうございます。

  7. Pingback: と殺ワークショップの講師デビュー。 | ちはるの森

  8. みぃ

    可哀相ですね、ほんとゴメンネですよね!
    苦しませて・・あなたが同じようにして首を切られたら・・?

    でも悪いとも思えません。
    私は肉は食べませんが、出汁は使いますので
    あなたをどうこう言える立場ではないです。

  9. こんにちは。
    はじめまして。

    今日、ネットサーフィンしていて突然、見つけました。
    それぞれの記事に感動しました!!!

    私は秋田県県南で銃を使ったハンティングをしています。
    私も銃を所持する以前は鳥の羽の処理や解体に不安がありました。
    でも、「食べてあげなきゃ」と思って剥いているうちに、ありがたい食べ物であり、美味しそうに思えてくるのでした。
    そして、今では猟期にになれば、自ら銃を持ち、ありがたい命をいただく為に野山を歩いています。

    ちはるさんの様に命の大切さ、尊さ。食の大切さを世の中に教える事ができる人は素晴らしいと思います。

    今後も、いろいろな記事を期待しています。

    私事ですが、書いたURLは自分の手で初めて鴨を捌いて調理した日の記録です。
    気が向いたら、見てやってください。

    薄井太司

  10. Pingback: 11月なので今年も自分の好きなブログを告白します(ver.2012) | クリエイティブメモメモ

  11. 大変参考になりました

    今飼っているペットの鶏を飼えなくなったので、しめようと思ってこのブログを拝読しました。精肉店にお願いすることはできますが、ペットとして飼って来たので、やはり自分の手で最後までやり遂げたい気持ちが強いです。

    私たちは分業のおかげで、わずか数百円支払えば、自分の手を汚さずおいしい鶏肉をいただくことができます。資本主義社会に改めて感謝する機会になるだろうと思います。

    ところで、生き物を殺す際は苦しんだり怖がったりしないようにすると、鶏にとっても、お肉を頂くほうにとっても、いいそうです。30分吊るして弱らせなくても大丈夫だと思うんです。鶏の扱いになれていればすぐ捕まえられますので、頚動脈を切ったり頸を骨折させるなど、即座に死なせて楽にしてあげられる方法があるみたいです。

  12. ぽち

    「自分の体になるものなのだから、幸せに生きてきた鶏を食べたい!とも思った。」

    悲惨のうちに殺される生き物なのだから、幸せな生き物を殺すことはしないでください。

    あなたの体の中で、殺された生き物は、癌細胞に変わります。

    肉食が癌の主原因であることは、WHOによって証明されています。

    いかに解釈しようとも、「殺し」を行ったことは、直接、間接を問わず、罪深いことです。

    あなたやあなたの家族が何者かに殺されたとしても、
    文句は言えません。

    あなたが殺せば、あなたもまた殺される。
    これはフィードバックの法則です。

  13. pk

    私が鶏の立場ならどんなに感謝されようが、吊られたあげく首を切られるのは絶命に嫌です。
    なんて残酷でふてぶてしいのでしょう。

  14. 呪い

    キモイ女
    頭おかしいんじゃないの?
    こんな事やってたらあんたの子供に因果まわってくるよ
    自分の日記にでもつけてろよ
    馬鹿!
    クマにでも食べられちまえ

  15. ka

    批判してる人は鶏やその他の肉、魚を一度も食べたことないんですかね・・・勿論調味料も含めて
    残酷なのはどっちなんでしょう

  16. みぃこ

    はじめまして!今日検索で見つけました。
    私は幼い頃からほかの肉や魚より鶏肉が大好きで、大人になった今も変わらず、様々な部位をいろいろな料理法で好んで食べております。
    最初は読み進もうか悩みました・・・鶏肉が食べられなくなるのでは・・・と。
    でも、やはり知っておくべきだと思い最後まで読ませていただきました。

    最近仕事が忙しく一人暮らしな為、いただきますと言っていなかった自分にとても情けなくなりました。ちゃんと食材に対して言わないとですよね・・・。

    今日から一人でも忙しくても絶対にいただきますと言って食べようと思います。すべての生き物達に感謝致します。
    気づかせて頂き、本当にありがとうございました。

  17. 最近、食肉加工などについて学んでいるので、その中の一つとしてこのブログを拝見させていただきました。
    批判などもあると思いますが、こういうことはとてもいい経験だと思います。
    実際は機械で流れ作業で加工されているので、感謝の気持を持って、手作業で加工するというのは命の大切さも学べて、よく考えさせられるいい経験で、そんな経験をできるのは羨ましいです。
    自分も様々なことを学ばさせて頂きました。ありがとうございます。

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