どんな理屈を言っても、と殺含めた動物殺しは許されている行為ではない。神は許していないんだよ!
アインシュタインじゃないが、科学=神だ。
アメリカは科学的根拠や歴史を振り返り、それらに気づき始めている。
精神医学の世界じゃ、現代の日本は治安が最悪だったころのアメリカを追っていると言われている。ネットの薄っぺらい情報ではなく専門書を読め!
こういった脳の神経反応の詳細な内容は日本語で検索してもソースは出てこないぞ。
縄文さんは人間の一方的な身勝手な理屈ではない科学的理論を述べていると思う。
それと面白いのは日月神示。
人間の食で許されているのは鱗のある魚とまで明記してある。
結局、脳の反応レベルで悪影響がないのは鱗のある魚ということなのか?!
まぁ、昭和の時代に生きた人間なら、今の時代の方が治安が悪化しているのは肌で感じる。
犯罪が減ったというのもデータにカラクリがあるとしか思えないなぁ。
犯罪の質も変わって痕跡を残さなかったり巧妙化しているとしか思えない。
ネット情報に依存しすぎると洗脳されて真実が見えなくなるぞ。
絹織物って縄文時代にあったんですか?カイコって、品種改良された生き物なのにそんな昔からあったの?それこそ、大陸から弥生人と共に伝わったものじゃないんですか?
内陸の人は?海がない地域に住んでいた人間もいるはずで、魚も貝も獲れない人々は何を食べていたの?まさか、沿岸部の人との取引?交通網もない、保存手段もないのに?目の前の森の中には肉が歩いているのに、わざわざ痛んだ魚食ってたの?
あと、漢方医学は日本固有の医学だけど、元になったのは中国古来の医学だよ。だから 漢 って入ってるんだよ。
ちなみに、漢方にも動物性生薬があるよ。蝦蟇の油、麝香に熊胆。その他色々。
一昔前の日本って具体的にいつ頃?大正?明治?昭和?それはつまり、まだメディアが発達してない時代の曖昧なイメージでは?今はあらゆる事件がテレビでネットで取り上げられ、広く目に留まるようになったから、そういった犯罪が目立つだけでは?その「一昔前」から現在までの具体的な犯罪数の推移は?
狩猟が嫌い、このブログの内容が嫌いってことを書くためになんで縄文時代を引き合いに出したかちょっと分からない。
しかも、納得させるための根拠が薄くて穴が多かないでしょうか。その根拠の出典が不明瞭な事はもう横に置いておくとしても…
]]>②脳の神経反応のことです。他者への悲しみ痛み恐怖への共感能力が障害されている可能性の指摘です。狩猟民族は動物を殺す行為を繰り返してきた事で、共感能力の自律神経反応が減弱しやすい、また、発達し得ない状況であったと思います。狩猟民族の歴史をみても、凄惨で残虐性が強いものが多い事はお分かりかと思いますが、現代の分析からも、殺人犯の7割以上が動物殺しをしているので、そういったデータや精神医学に基づき、欧米では動物愛護がすすめられているようです。動物への残虐行為は人への残虐行為を促しやすい傾向にあること、また、先天的要因で共感能力の欠如による残虐行為があることが分かってきたからです。
また、共感能力が減弱すれば、遺伝していく可能性も高いようです。
現代の日本の精神社会の崩壊に強い危機感を覚えます。一昔前と違って、現代の日本は毎日のように凄惨な事件がありますから・・・。日本の治安悪化は経済衰退のせいではなく、道徳教育が無くなったことで、嫌悪受動の共感反応の発達を障害する環境にあることも要因の一つではないかと思います。
本来、狩猟とは、苦痛等に共感し得ない原始的脳の発達段階における生命維持の方法であったものです。
それに、食肉処理や殺処分の現場の職員で、精神を患う人もいますよ・・・。苦痛への共感能力が正常に発達した人なら、その精神的苦痛は計り知れないでしょう・・・。
また、動物は日本人が思っている以上に状況を理解する能力があります。動物にも精神病があるくらい繊細なんですよ。
そういった動物への理解が先進国の中でも日本が1番遅れているので動物虐待列島と言われてます。
それと、植物と動物の命を同じ延長で語られる方がいますが、人間も同じ哺乳類ですから、私には恐ろしい表現に聞こえてしまうのですが。ψ(`∇´)ψ!(◎_◎;)
感謝すれば命を奪っても良いなどという理屈も、相手の苦痛や感情を無視した一方的な論理とは思いませんか?
生命や感情は人間だけのものではありませんから。
生命尊厳や慈しみを無視し、命を奪うことを楽しむことや、他のものへの恐怖や悲しみ痛みへの共感の欠如と、自らの一方的な理論を押し付けて、個の生命維持への強い執着をすることは、ある障害にも当てはまる言動でもありますから、同じ狩猟する人でも違和感があって当然です。
私には、違和感さえ感じずにいる人が日本にこれほど多くいる事の方が怖いですけどね・・・。
とにかく、犠牲になった命を無駄にしないよう、心で深く考えて欲しいです。
しかし、共感の神経反応に問題があれば、分かり合える可能性は低いと思います。
それと、共感反応の無い事は強さではありません。慈しみの無さや命を奪う心理の深層は、強い恐怖心と猜疑心です。
歴史や精神医学からも、人と近い動物を殺生し食すは、人間の精神を狂わせるというのが、この世の法則性(自然の摂理)であるように思います。
✳︎我われが日々の食糧(肉類)を得る現場で屠殺という技術が進化している現在 牛 豚 鳥 ひつじ 諸々の処理をしていく中で作業する人たちって仕事のスペシャリストであるから断言できないけれど。
精肉行程でこう思ってると想像する。
ありがとうよ!綺麗に仕上げて美味い肉に仕上げてやっからな!
自然と感謝していると思う。そしてお店に並んで行くお肉類
この工程など日本でも40年位前では各家庭でも行われてきてる。(例外も勿論あるだろうけど)
◎命を頂くということとはどういうことか
未だ結論なんて出ないけど生きて行くために笑顔で感謝をすることもふくまれているんじゃないの?
動物の命に対する脳の働きは人の命に対する脳の働きと比例しますので、どういった心情でこのような行為が行われているのかが、気になるところです・・・。
先天的に、生き物に対し、慈しむ感情も無く、命を奪う事への躊躇いもないのなら、問題行為でしょうね・・・。これらの行為に楽しむ感覚があるのも異常なことですから。
まだ、精神学が進んでいない時代に、世界の歴史に名を残す文豪や政治家や人権活動家たちは、屠殺は人間の精神に悪影響を及ぼすことに気づいていました。
精神の進化とは脳が発達していくことです。
利便性や科学が進んだ現代で、脳も共に進化しているのなら、残虐性を避けるようになるのも、また自然なことなのです。
命をいただくとはどういうことなのか・・・、残念ながら、このブログからは命の大切さや尊ぶ心情は全く伝わってきませんね・・・。
]]>檻にかかった
動物を見て可愛いと言う貴女の感覚。
殺した動物を自ら晒す行為。
問題視されている
猫虐殺を楽しんでネットに晒している人と
あなたはさほど大差ないかと。
残酷極まりないですね。
このような形で
あなたの趣味を一般公開し、
反論の方が多いのでは?
愛護団体、毛皮反対運動などしている方達の
blogであなた、注目浴びていますよ?
けして良い意味ではありません。
笑顔で動物達を殺し、楽しみ
その動物達を晒し侮辱する行為…
あなたの事が恐ろしくてしょうがない。
あなたの様な人間が
一人でも増えないことを願います。