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一羽のニワトリからはじまる、いろんなこと。 へのコメント http://chiharuh.jp/?p=2050 @chiharuh の日々。 Tue, 21 May 2019 07:11:24 +0000 hourly 1 https://wordpress.org/?v=4.8.25 としろー より http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-3989 Wed, 16 Oct 2013 04:50:38 +0000 http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-3989 はじめまして、非常に有意義な体験をされていてびっくりしました。
ナルホド、このブログ記事を幾つか読んで理解できた気がします。

昔は流通などの事情で鶏やウサギ(他の記事ね)を自らの手で解体や食すなんぞ、私の祖父の世代(明治・大正生まれ)なら日常行われていた事です。お袋が子供の頃、確かに見た目は残酷だったけれど有難くいただいたと言っていました。

ご先祖様の肉食の歴史は数万年。実は菜食の歴史は浅い。
こうして我々子孫まで命を繋いで来た事実があるのだが、、、

批判されている方は動物の屠殺ばかり見ていないでまんべんなく記事を拝見してこの方の生き方を文面から理解するといい。
例えば他の記事にあった生き方に対する意識
→大量生産大量消費の暮らしに危機感を感じ「自分の暮らしを自分で作る」

以上を踏まえ! 批判されている方へ言いたいこと。

自分の生活が経済活動の中にあって完全に消費者であるのなら、尚更この方への批判はお門違いです。
それと「愛情が無い」「命に対する愛のかけらも感じません」「人殺しの理論とどれほど違うと言うの?」
これは全く意味不明で考え違いです。
何故なら、、、
人間も一種の動物であり、様々な生命と「捕食関係」の中にあります。
(いわゆる食物連鎖ってやつね。ここでは人間の順位は語る必要はありません。)
(まあ、最後土葬されず焼かれちゃうとバクテリアさんは食べ損ねちゃいますがw)
どこから引用したのか「命は平等」「愛情」を唱えるお方が居ますが、そんな訳で捕食関係にある動物同士には適用されません。
それはご自分の愛玩動物(=ペット)などに対して向けて下さい。
正しくは、「愛情」「命に対する」「人殺しの論理」などは我々人類同士に使われるべき言葉ですので間違い無いように。

最後に。
良いのですが、普通のブログ形式で投稿順に表示するだけだと動物愛誤の方々の標的になっちゃう気がします。
場面によっては、正直、少々グロいです(笑)
もう少し見せ方は入り口を分けられれば良いのですが。
失礼いたしました。

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ぞね より http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-3797 Thu, 10 Oct 2013 12:04:50 +0000 http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-3797 家畜は残酷ではないのだろうか?家畜も泣くのである。
機械的に処分されて科学薬品で安全に処理されている。

農作物や魚卵は残酷ではないのだろうか?
米や卵や根菜は実であり卵の命である。

食べる事は儀式であり自分の命を繋ぐ喜びである。
感謝する氏神の祭りがあり八百万は神となり供養する塚がある。

優れたハンターは美味しいかどうかではなく
命を繋ぐにはどうしたらいいか間引き方を考える。
捕り過ぎないように群れが健康でありますように。

解体しながら健康状態や何を食べているか生活習慣を知る。
相手の事を真剣に考える。食べて自分自身になるからだ。

自分で捕っても、お金と交換しても残酷な事に変わりはない。

ただ、相手を深く知る事、感謝する事に差はできるだろう。

言葉ではない。皿の上に・・・そして、残飯の量に。

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shimuot より http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-3743 Wed, 09 Oct 2013 02:09:40 +0000 http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-3743 肉を食べるというプロセスで、普段みえないことを、
実体験として知ることはたいへん有意義なことと思います。
動物を殺すことも、肉を食べるプロセスの一つである
ということですね。

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ままち より http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-3646 Sun, 06 Oct 2013 02:00:58 +0000 http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-3646 よくしらなかったので図解の鶏の締め方は勉強になりました。スーパーに並ぶ鶏肉だってこういう工程をへて私たちの口にいれるもの。
その工程を「気持ち悪い」「かわいそう」などの綺麗な言葉で目をつむってはいけないと思います
コメント欄での不快感をもつかたのブログ主さまへの言葉がとても汚いですね。動物愛護の方がそういう方ばかりだと思いたくないですが残念です。
私もペットとしてうさぎをかっていますのでお気持ちはわからないでもないですが感情的になコメントが多いと感じました

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mm より http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-2336 Wed, 08 May 2013 14:12:10 +0000 http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-2336 すべての人が、肉を食べることは「こういうこと」だということを知るべきだと思うよ

それを知った上でこそ、個人で色々考えられる前提が与えられると思う
それを知らずに動物愛護も現状肯定もありえないと思う

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ころすけ より http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-1496 Thu, 29 Nov 2012 15:14:29 +0000 http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-1496 いつものスーパーに並ぶ鶏肉と、愛情をかけて育てられた生き物の鶏。

その間にあるのは命を奪う瞬間。でも、普段の生活では伏せられている部分ですよね。

おいしく食事できるのは、その瞬間を見ないで済むからだとも感じていましたが、改めて「食べる」ということを深く考えるきっかけになりました。大変興味深い活動だと思います。

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00 より http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-1484 Tue, 27 Nov 2012 07:15:56 +0000 http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-1484 マジキチ女の洗脳に子供たちを巻き込むな

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マッシュ より http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-1481 Mon, 26 Nov 2012 20:54:55 +0000 http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-1481 シュヴァイツァー曰く、「生命を傷つけることは如何なる場合でも悪なのである。だから、人間で有る限り生きるために他の生物を傷つけざるを得ないという必然性と、その生命を助けるべしという倫理との間の葛藤から逃れることはできない。私達はこの葛藤の中から、各人自らの判断を下すのである。」と。
つまり、通りすがりさんが書き込んだ状況に人間はあらざるを得ない。
だから「生きるためなんだししょうがないんだから、わざわざそんな生々しい場面を見る必要が無い」とか一方的に割り切ったり、「生き物を殺すのをやめよう」とか安直に考えてはいけない。
「子どもまで巻き込んで」と仰いますけど、それは貴方の完全な押し付けですよ。子どもは生命倫理に対する判断材料を与えられそれについて自分の判断を下す、そういう権利を持ってると思います。

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ソイ より http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-1290 Wed, 07 Nov 2012 03:53:47 +0000 http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-1290 食べ物への感謝は愛と想像力が豊かならできること、とコメントしている方がいますが、経験に勝るものはないのではないでしょうか。
何においても経験して初めてわかることは必ずあります。
批判するなら一度体験してみては?と思ってしまいます。全てを感じてから、それでもやはり違うと思ったらそれは考え方の違いです。私はちはるさんの活動が間違っているとは思いません。子どものうちにそういう経験をするのは良いことなのではないかと思います。お肉をいただくときに「あの時みたいにこの子も殺されて、生きていたんだ。いのちをいただくんだ」と学ぶのではないでしょうか。
命ではなく食料だとコメントされている方もいますが、全ての生き物に命はあります。愛着とか慈しみがある生き物にしか命がないのですか?そうじゃありませんよね。
様々な考えがあるのは当たり前で、理解できない出来事があるのも当たり前です。しかしそれを批判するのは如何なものかと思います。意見を言うのであれば言葉使いにも気を付けた方がよろしいかと。汚い言葉で言われても説得力の欠片もございません。落書きとしか捉えようがない。
私はちはるさんの活動に心を動かされました。長文失礼しました。気分を悪くされたら申し訳ありません。

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み〜 より http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-1114 Sat, 13 Oct 2012 18:18:31 +0000 http://chiharuh.jp/?p=2050#comment-1114 ↑正常。
例えば、慈しみ、愛情かけて育てた我が子を首はねて、食えるか?って話。美味しくなぁれ、って育てたなら別の話よ。
その子は初めから食料だからね。愛情も、温かさも、命なんかもない。
あれ?命を頂くんじゃなかったっけ?

いやいや食料。。愛着も熱意もない。食料。だから、命を頂くとは口ばかり。

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