(台湾、モンゴル、その他遊牧民の方は、電気もガスもスーパーもないところでは、このように、生き物を殺して食べているのです。
すべて無駄にせずに。。。
現代文明は、すべて分業となり見えなくなってしまった。
「隠された風景」-死の現場を歩く- (南方新社 刊)もお勧めです。
(飼えなくなったペットを飼い主が責任をもって処分することができず、じゃ、かわいそうと言ったあなたが飼いなさるか、というといやぁ飼えませんと逃げなさる。そして、保健所が殺処分をしている・・・ここまで死が遠い社会になってしまったんですね・・・)
]]>動物を殴って気絶させるという行為ですら、想像の中でも恐怖で震えます。生生しい感触を思い起こさせてくれました。
他の方がコメントなさるように、私自身もこの記事をバーチャル体験として満足してしまいそうです。自分で絞める経験が重要に思えてなりません。
イベント(という呼び方には語弊があると思いますが)
でそうした機会の窓口を作っているのが嬉しいです。
これからの活動を応援しています。
とかいうコメント。お前差別主義者だな。
屠殺の仕事してる人は人間じゃないと言いたげだな。
お前のような脊髄反応で職業差別をするクソ野郎
のほうが、余程非人間的だと思うよ。
物心ついた頃から動物と一緒に暮らしており、死に立ち会うことが多かったので、食卓に並んでいる肉と、目の前の動かないペットの違いがわかりませんでした。
以降、肉や魚は、死骸にしか見えないので、食べられません。
でも、出汁は飲みますし、薬も飲みます。乳製品も大好きです。
この記事を読んで、とても複雑です。
「殴ることも出来ないくせに、お肉食べてたのかーと思ったり」と、感じておられることに、私は感銘を受けました。
普段の生活では、そういうところを忘れているのか、(私も含め)考えない人が多いように感じます。あるいは目を背けていたり。
それをあなたは自ら行動して、考えて、批判されながらも記事にしている。素晴らしいと思います。
もっと多くの方にこの記事を知ってほしいです。
しかしながら、ベジタリアンの方が動物のことを思って悲しんでいる気持ちもわかります。
屠殺なんて言葉聞きたくない、動物を殺すなんてなんてひどい奴だ、ってね。
私も、できるなら皆が動物を食べないで済む方法を考えていた時期がありました。
でも人間だから、価値観の違いがあって当然だし、自分以外の人の文化を変えようなんて考え自体がおこがましいのですよね。
「なんで自分たちの食卓と食べ物がこんなに離れちゃったんだろう。」これこそ私たちが考えなければいけないことだと思います。
そしてほかの方のおっしゃる通り、屠殺現場などの実態を見るべきだと思いました。私も学ぼうと思います。
多くの方がこのページを見て意見されていることに、大変喜ばしく感じました。記事を書いてくださってありがとうございます。
余談ですが、中国では犬を食べる文化がありますよね。皮をはぐとき、茹でるとき、ずっと生きたまま殺すそうです。
生きたまま皮をはぐのは、死後硬直すると剥がしにくくなるから。
生きたまま茹でるのは、その方がアドレナリンが出るからだそうです。
ちはるさんは、どう思われますか?
]]>このご時世、あなたのような若い世代の女性が、身を持ってこの現実を私たちに伝えてくださる事を非常に嬉しく思います。ありがとう。
「可哀想!酷い!私は肉を食べない!」
こういった方々は必ず著者の人格否定を展開します(逆に言うとそれしかできない)が、そんなものはお門違いにもほどがあることをいい加減知るべきです。他人から見て異常に見えるのはあなた達です。
何も生肉だけが食肉の利用方法ではありません。
スープの材料、肉エキス等の食品添加物。目に分からない様々な形で食肉は利用されています。
「私は動物愛護者でベジタリアンです」
こういう人達が、実は肉が利用されている食品を用いた料理を食べて自己満足に浸っている所を私は何回もみてきました。結局は世の中の進化にかまけて現実を知らなすぎるのです。
あまりにも偏った思想を基にした全く理論性を持たない感情論を武器に著者の人格否定を展開している人達は、恥を知りましょう。それはあなたが自分の中で勝手に実行し、陶酔に浸っていればいいだけの話です。他人にそれを持ち出す事はしないでください。
]]>その前に自己流ではねむしりや内蔵だし・・・胸肉切り取りなどなどやる羽目になるかな@w@:
羽の利用法、参考になりました。
ありがとう@w@b
]]>